照りつける夏の日差しから目を伏せたまま階段を昇っていく。
その先にある旧校舎は、より太陽に近い場所だが、そこにはちゃんと日影があり、風もそよぐのでいくぶん涼しい。
すれ違うサッカー部の部員たちは楽しそうに笑いながら階段をかけるように下りながら、夏の日差しがギンギンに照りつける校庭へと向かっていく。
まったくもって僕とは真逆の人たち。頭が悪く、単純で、健康的で、社交的で、女子にモテる人たち。
うらやましくはないはずだ。彼らをねたんだところで、僕には何の見返りもない。むしろ自分の器の小ささをかみしめることで余計にみじめになるだけだ。せめて僕は僕なりの楽しみを見つけよう。
山の斜面の沿って並ぶ僕の通う高校の校舎は、斜面の一番下に校庭、その手前には新校舎があり、山の奥へと昇っていくにつれて校舎の築年数が増えていく。
そして、一番奥にあるのが僕の所属する文芸部のある旧校舎というわけだ。ほとんど山奥の木造建築で、その裏はすぐに手の入っていない山だから、日陰になっていて風通しもよく、エアコンは付いていないがそれなりに涼しい。
旧校舎は現在ほとんど使われていない。廃部寸前の部活が寄せ集められた部活棟になっている。二階には軽音楽部の部室と、黒魔術研究部。一階には競技かるた部と文芸部。競技かるた部は現在ほとんど活動をしていないので、実質一階は文芸部だけのものである。
文芸部員は僕一人、つまりは僕が独占しているというわけだ。
旧校舎の部室に鍵はかかっていないが、盗られて困るようなものもたいしてないから問題ない。
文芸部の部室の戸を開けて中に入ると、「遅かったじゃない」という言葉で僕を出迎えてくれる美少女がいた。
伏見ななせは二階の軽音楽部の部員だ。文芸部の部室においてある湯沸かしポットが目当てでいつもふらりと立ち寄っては勝手に僕の用意しているインスタントのコーヒーを淹れて飲む。
「こんなに暑い中、よくホットのコーヒーなんか飲むよな」
僕は鞄から取り出したペットボトルのアイスコーヒーのキャップをひねり、一口喉に流し込む。生ぬるくてとてもうまいとは言い難い。
「アタシさ、冷え性だから。真夏でほとんどエアコンなんて使わないもん」
言いながら、両手で抱えるように持つマグカップに注がれたホットのコーヒーをふうふうしながら口をつける。
「そりゃあ、ななせと結婚する奴は気の毒だな」
「はあ? なんでよ? こんなかわいいアタシと結婚できて幸せじゃない人なんているわけないじゃない?」
「そうかなあ? 僕はとにかく暑いのが苦手だから、家にいるときはエアコンをガンガンにつける。寒さに凍えながら布団をかぶって寝るのが幸せなんだ」
「そういうの、エコじゃないんだよなあ。知ってる? SDGS」
「知ってる知ってる。醤油をかけて食べるとうまいんだよね」
「はあ? 何言ってんのよ。知らないことを知らないというのは恥ずかしいことじゃないのよ。
聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥だよ? 教えてあげようか? SDGS」
「いや、遠慮しとくよ。どうせ僕は生きるも恥じな役立たずだからね」
「よくわかってるじゃない」
「僕はこうみえて賢いんだ」
「かしこい人はね、アタシと結婚する人は不幸だなんて思わないのよ」
「なんか怒ってる?」
「そりゃあ、怒るわよ。アタシと結婚できるんだから暑いのくらい我慢なさいよ」
「ななせのほうこそ我慢すべきだ。寒いなら、上着を着ればいいだけのこと。暑いときには脱ぐと言っても限度があるからね」
「はあ? 何言ってんのよ。部屋を寒くしておいて布団かぶるとか言っておいてさ、矛盾してない?」
「ああ、そうか。確かにそうだ。だったらさ、部屋をエアコンで寒くして、ふたりで布団の中で温めあえばいいんじゃないか」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ! なんでアタシがアンタとそんなことしなきゃいけないわけ? てか、そもそもあんたと結婚なんてするわけないし、変な想像しないでよ」
「いや、そういう前提で話をし始めたのはななせのほうじゃないか」
「あー、もう、なんでアンタっていつもそうなわけ? アタシがさ――」
ななせが何か言っている中、僕のスマホが着信を受ける。
表示されている名前は上田麻里。二階の黒魔術研究部の唯一部員だ。ななせの言葉を無視しながら着信を受ける。
『もしもし、わたし、麻里です。今、二階の部室にいます』
「どうした?」
『どうしたもこうしたもありません、そこで大きな声で痴話げんかするの、やめてもらっていいですか?』
「いや、別にそういうわけじゃ……」
『二階の部室まで声、丸聞こえですよ。それより二階で軽音部のみんなスタンバってます。伏見さんには早く上がってくるように言ってください』
「あ、ああ、すまない」
――謝るしかない。
たぶん僕はどんな女性と結婚しても、尻に敷かれることになるのだろうなと、それだけは自信がある。
ななせが二階の軽音楽部の部室に行き、少しして演奏が始まった。最近ではこの音にも慣れてきて、演奏の中でも普通に読書ができるようになってきた。つまり、僕の集中力はすごいということだ。
しかし、それでも邪魔はやってくる。彼女は足音ひとつ立てずに静かに忍び寄り、部室のドアを少しだけ開ける。わずかな隙間から潤んだ黒い瞳がじっとこっちを見つめているのがわかる。まるで白磁のような白い肌に血の気の引いた唇は固く結ばれたままだ。ぬれたカラスの羽のようにつややかで長い髪がその表情を半分ほど隠している。
「上田、そんなところで何やってんだ。用があるならこっちに入って来いよ」
「失礼します……」
半分も開けていないドアの隙間から、半身ですり抜けるように文芸部の部室に侵入してくる、黒魔術研究部の唯一部員、上田麻里。右目には黒いレースの眼帯をしているが、別に目をけがしているわけではない。授業中は眼帯なしの黒い双眸で授業を受けている。眼帯をつけるのは放課後の時間だけだ。黒魔術研究部の活動中だけ。
彼女は何も言わずに僕の椅子の向かいに座る。どうやら話があるのだろうからと、読み始めたばかりの『ぼぎわんが来る』に栞を挟んで机に置いた。
彼女は目を伏せて、もぞもぞと視線を泳がせながら口の中でつぶやくように言葉を選び、そして一言。
「つ、つきあってほしんです」
と言った。
「断る」
「あ、あのですね……新見市に育霊神社というところがあってですね。そこがどうやら〝丑の刻参り〟の有名なスポットになっているらしんです」
「聞こえなかったのかな? 断ると言ったつもりなんだけど」
「高野君が断るかどうかなんて聞いていないんです。ただ、わたしが付き合ってほしいって言っているだけですから」
「いや、だからさ、それを断るって言っているんだよ。デートにでも誘ってくれるならまだ考えるけどさ」
「デートですよ」
「デートじゃないよ」
「まあ、そんなことはどうでもいいんです。ちょっとこれを見てください」
上田は鞄の中から、藁で作った人形と、五寸釘、それに禍々しい文字の書かれたお札を取り出した。
しかも、藁人形は僕の知っているものよりも少しポップで、カラフルに彩色されあまり禍々しさは感じない。五寸釘のヘッドもハート型になっていてどこかかわいらしさがある。
「ど、どうしたんだよ。それ」
「ネット通販で買いました。セットで二千四百円です。お得じゃないですか?」
「いや、悪いがそんなものの相場がわからないんで何ともな。それにしても、最近の藁人形はそんなにポップなものなのか?」
「ものにもよります。昔からあるシンプルなものからリアルで精巧に作られたものなど様々ですね」
「そういうものなのか? ところで、そんなもの買ってどうする気だ?」
「これを使ってですね、その有名な神社の呪いが本当に効果があるのかどうか調べたいんですね」
「じゃあ、勝手にいけばいいだろ。僕が付き合う必要はない」
「必要はなくても必要に迫られます。これを見てください。この部室で集めた髪の毛です。もし、ついてきてくれないならこの髪の毛を使って藁人形を試します」
「お、穏やかじゃないなあ。それに、この部室にあった髪の毛が全部僕のものだとは限らないだろ。ななせの髪かもしれない」
「それならむしろ大歓迎です。あのリア充ど真ん中の伏見さんが果たして不幸になるのかどうか? 観察対象が身近だとデータがとりやすくて都合がいいです」
「でもさ、はっきり言ってこの世に呪いなんてものはないよ」
「それを確かめるために行くんじゃないですか。それに、どうせ呪いなんてないとか言っておきながら、もし本当に呪いが存在して伏見さんが不幸になってしまったらなんて考えたら、やっぱりわたしを放っておくわけにはいかないでしょう? そうなった時はもう、高野君のせいですからね」
「……ぐっ」
「わたしの勝ちです。明日の朝十時に、岡山駅の改札で待ち合わせです。いいですね?」
この物語は、いったんここで終わります しかし、事件の真相がすべて語られているわけではありません。 この物語の裏には、もう少し複雑な事情が絡んでいるようです。 ――真実は、いつもひとつとは限らない。 それについては、またいつか近いうちに……
「その……助けに来てくれて、ありがとうございます」「いや、僕の方こそ遅くなってごめん」「いや、ほんと。逃げだしたのかと思いました」「掃除道具入れの扉がなかなか開かなかったんだ。建付けが悪いみたいで。流石に、あれに素手で立ち向かうのは無謀かと思って」「デッキブラシ……あんまり役に立っていませんでしたね」「初めの一撃をそらせただけで十分に仕事はしたよ」「腕、大丈夫ですか? 殴られてましたけど、折れたりしてません?」「こうみえて、僕はそれなりに丈夫なんだ。それに、もし折れていたとしても女の子の前で折れていると泣き言をいうような軟弱じゃあないよ。そのくらいの見栄は張る」「そんなこと言って、本当は木梨君と一緒に診察を受けるのが嫌なだけだったりして」「ぐ……。いいかい、僕は女の子の前では見栄を張るんだ。だから女の子はそれを見抜いてはいけない。もし見抜いても、口に出してはいけないよ」「そうですか。それは残念です。もしわたしのせいでけがをさせてしまったのだとしたら、わたしもわたしなりにお詫びをしないといけないかと思っていたんですけど……」「あ、腕折れたわ。これ、完全に折れてるな。まいったなー」「とは言っても、わたしにできることなんてあまりなくて……。体で払うというのでは、ダメですか?」「あー、腕治った。うん。今完全に治ったわ。ありがとう。いろいろと気づかいしてくれて。でも、もう大丈夫みたいだ」「ねえ、それってちょっとひどくないですか?」「ヒドイのはどっちだよ。思春期の男子ってのはな、そういう冗談をわりと本気にしてしまうんだ。それを見て面白がるというのはずいぶんとたちが悪い」 ――それを、冗談だとして受け流すのだってたちが悪い。そういうの、思春期の女の子は割と傷ついてしまうというのに……「でも、ありがとう」 聞こえないくらいに小さな声でつぶやく。「ん?」「なんでもない」「そうか……」「それにしても、どうして犯人が木梨君だとわかったのですか?」「うん、まあ、いろいろあったけれど、最終的に決め手となったのはあの三色ボールペンだよ。 あのボールペンはおそらく犯人が藁人形を打つ時に落としたもので、赤のインクがなくなっていた」「でも、それがどうして?」「木梨が見せてくれた、あの緋文字のルーズリーフがあっただろ? おそらくあれを書いたことがきっかけで三色のうちの赤のインクだけがなくなってしまっ
『今日、あなたの髪の毛を数本お預かりしました。 あなたの持っている伏見ななせの髪の毛と交換してはいただけないでしょうか? 学校近くの○○公園で待っています。もし、午後十時までに来ていただけないようでしたらお預かりしている髪の毛は私用に使わせていただき、かつ、すべての事情を関係者全員に報告させていただきます。 交換に応じていただければ、今後一切において他言無用とすることをお約束します 二年 黒魔術研究部所属 上田麻里』 犯人あてに長めのメールを送信する。そもそも犯人が伏見ななせを襲った理由は、事実を皆に知られたくなかったからだ。それを、こうして皆にばらすというのであれば従わないわけにはいかないだろう。 あえてわたしの名前を提示したのは、相手を油断させるためだ。 約束の公園に到着。この公園はその周囲を生け垣が覆っており、外から中が見えにくいばかりか、その逆もまたしかりである。日が暮れた後は薄暗いためあまり人は寄り付かない。 わたしはブランコのところで座って待ち、高野君は少し離れた公衆トイレの入り口の目隠し裏に隠れて待つ。公園の入り口は二つ、南北それぞれにあるが、このブランコの位置からならその両方の場所がしっかりと見える。逃げるにしても生け垣が邪魔をするため、この出入り口を使うほかないだろう。 犯人が到着したところで高野君が後ろから回り込み、逃げ道をふさぐことになっている。 犯人は間もなくして現れた。公園の南側の入り口からゆっくりと歩いて入ってくる。わたしの存在を見つけ、わき目も振らず、ゆっくりとねめつける様に近づいてくる。 静かな公園の中を、ずりずりと何かを引きずる音がする。 高野君は、もしかすると事態を甘く見すぎていたんじゃないだろうか。犯人は金属バットを引きずっているのだ。 無理もない。彼にとって事態は甘く見えたものではなく、すべてが露見してしまうのならば手段は辞さないつもりらしい。わたしはすぐにでもその場から逃げ出したかった。 しかし、高野君が守ってくれると言ったのだ。とはいえ、何も武器など持っていないはずの高野君に、金属バットを持つ犯人からわたしを守る力はあるだろうか。体格にしても、おそらく犯人は高野君よりもがっちりしている。 犯人はわたしのすぐ目の前に到着する。金属バットを持ち上げて、肩に担ぐ。威嚇する
伏見さんを見かけ、ちょとした事件が起きたものの、進藤先輩のその一言で一件は落着したかのように見えた。 病院を出て、伏見さんと高野君とは解散して、ひとり帰路についたころに電話が鳴る。『上田。僕だ、高野だ。今からちょっといいかな。手伝ってもらいたいことがあるんだ』「全部、終わったんじゃないんですか?」『このまま終わらせるわけにいくかよ。ななせが、襲われたんだ。このまま見逃してやるわけがない。でも、ああでもしないとななせはまた首を突っ込むだろう? あいつをこれ以上危険な目に逢わせたくはないんだよ』「わたしなら、危険な目に逢わせてもいいと?」『信頼してるんだよ、上田のこと。それに危険なんかじゃない。僕ががちゃんと守ってやるから』 ――まったく。信頼しているだなんて、なんてひどい呪の言葉だろうか。そんな呪を掛けられれば、協力しないわけにはいかないじゃないか。 それがたとえ、恋のライバルのための行動であっても、わたしは高野君の信頼に答えたいと思うのだ。役に立ちたいと。 まったく。彼はシンドウ先輩のことをどうこう言えた立場じゃないことを理解しているのだろうか? 大丈夫。高野君が守ってくれると言っているのだ。何を恐れる必要があるだろうか。 これは呪いの言葉なんかじゃない。純愛だ。間もなく高野君がわたしのアパートへやってきた。狭いテーブルに向かい合って座り、「ひとまずここまでの話を整理しよう」と言ってきた。高野君は伏見さんから預かっている手帖と三色ボールペンを取り出し、これまでのいきさつを話してくれた。今日の放課後、伏見さんと高野君の二人で関係者に聞き込みをして、その後伏見さんが一人になったところを襲われた。おそらく犯人は今日接触した人物の誰か。サッカー部の三人のマネージャー。花宮、海山、木梨。それと海山の恋人樫木の四人だ。花宮は被害者である進藤とは幼馴染、どうやら以前付き合っていたこともあるようだ。海山は以前、進藤から言い寄られていたが、海山が樫木と交際するようになり、現在進藤は木梨と付き合っているが、ふたりの仲は秘密になっている。「ななせの証言によると、襲った犯人は身長が一七〇前後といったところらしい。もちろん、はっきり見たわけではないのでどのくらい信頼できるかは定かではないけれど」「花宮さんは、華奢だからそんなに大きなイメージがなかったけれど、それは進藤先輩と一緒に
まったくもって、これは僕の失態だった。やはり犯人は軽い気持ちで呪いをかけ、本当に進藤さんが怪我をしてしまったことに畏怖してしまったんじゃないだろうか。自分のせいかもしれないと感じているところに、僕らが余計な詮索をしてしまったがために、犯人は己の身を護るためにななせに危害を加えて沈黙させようとしたのではないだろうか。呪が実在するかどうかはさておき、実際に進藤さんが怪我をしてしまったことで犯人は自分のせいかもしれないという念に駆られ、それがばれてしまうのではないかという恐怖と向き合わなければならなくなってしまった。それば、いわば自分自身に呪いをかけてしまったと言えるのではないだろうか。人を呪わば穴二つ。呪いをかけるものはやはり自分にそれが返ってくることがあるのだ。――自分のせいかもしれない。総合病院に急ぐ自分自身に、その言葉が返ってくる。思えばあの日、上田の用意した藁人形に僕とななせの髪の毛を入れてしまったのだ。もし、呪いなんてそんなものがあるとすれば、ななせが襲われたのはやはり自分のせいだ。そうでなくとも、僕がちゃんと最後までついていてやれば、いや、もっと早い時点でこんなことに首を突っ込まないように言っておけば、こんな事態は避けられたのかもしれない。総合病院の待合室、首にコルセットをつけたななせと、彼女に寄り添う上田の姿があった。上田が偶々眼科の診療のため訪れたところで、病院の近くに倒れていたというななせが緊急搬送されてきたというのだ。「ごめん、マコト。余計な心配かけちゃって。たいしたことないんだよ。こんなコルセットなんてしてるけど、念のためっていうだけで、明日は普通に学校にも行けるから」 平常を取り繕うとしているが、実際に襲われて平気なはずがない。怪我こそそれほどではないにしても、メンタル的な問題のほうが重要だ。「いったい何があったんだ?」「うん、実はね……」 ななせの証言をまとめるとこういうことになる。 今日の放課後、僕と口論になり、ひとりになったななせは再び花宮さんのところに行き、進堂さんが入院しているというこの病院のことを聞いた。そしてななせは一人ここへ向かっている道中で後ろから何者かに襲われたらしいのだ。 いきなり首の後ろを鈍器で殴られ、意識がもうろうとなり、振り返ったところにサングラス、マスク、帽子で顔を隠し、夏にもかかわらず体型のわかりにくい上
「今の内よ。カシワギ君に話を聞いてみましょ」 ななせに従い休憩している部員たちのもとへ行く。「あの、カシワギ君。少し話をしたいのだけどいいかな?」 不意に話しかけられた樫木は少し驚いた様子できょろきょろとあたりを見回す。海山さんと視線を合わせ、何やらアイコンタクトした様子で立ち上がり、皆が休憩している場所から離れた。僕らの一行を少し離れた場所から海山さんが心配そうに見ている。「ごめんね、そんな緊張しなくてもいいのよ。アタシたち、今、進藤先輩のことでみんなに話を聞いてるの」「はあ……でも、なんで俺に? 部員ならほかにもたくさんいるのに」「それは、カシワギ君が海山さんと付き合っているからよ」 ななせは、樫木に呪いの藁人形のことを話した。「アタシはね、犯人は女子生徒じゃないかって思っているの。わかるでしょ?」「そりゃあ、まあね。進藤さんは多くの女子から好かれ、多くの女子から恨まれている」「そこで、疑いの深い人から順に話を聞いているわけだけど、それで、海山さんとカシワギ君が付き合っていると聞いて少し聞きたいことがあってね。そのことで、海山さんにもかかっている容疑が晴らせるかと思って」「まあ、そういうことなら……」「じゃあ、質問ね。海山さんと付き合うようになったいきさつは?」「え? それって必要なこと?」「そうね。シンドウ先輩は海山さんにしつこく迫っていたらしいじゃない? そのさなかをカシワギ君は割って入り、海山さんと交際を始めた。そのことで、シンドウ先輩から嫌がらせを受けたりはしなかった? あるいはそのことで、カシワギ君がシンドウ先輩に対して恨みを持ったりはしなかった?」「それって、俺も疑われているってことじゃないっすか?」「可能性はゼロではないと思うわ。だから、そのあたりのことを正直に教えてほしいの」「まあ、そういうことなら仕方ないけど…… 海山がサッカー部のマネージャーになったのは去年の夏くらいかな。全国大会に行く少し前で、あの時は人手が足りないからってすぐにマネージャーとして入部が認められたんだ。俺としては海山はもろに好みのタイプで、最初のころからずっと気にはかけていた。でも、まあ、なかなか積極的にはなれなくて、それでも少しずつは距離を縮めてたんだ。 進藤さんだって、そのころは花宮さんと付き合っていたし特にライバル視をする必要もなかった」「花宮さんって進藤先輩と付